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常識を疑い自由に生きる

常識に従っているだけでは、本当につまらない人生になる。

社会的常識だけでなく、スピリチュアル的な常識にも言えることです。常識だからと言って、同じことを続けながら違う結果を求めるのは異常なことです。常識的なことをやって何も変わらなかったのなら、信じ込むことをやめるだけです。

常識とは、元々自分のものではなかったが、周りから教えられ盲目的に信じているものです。本来自分とは無関係であったものを勝手に取り込んで自分のものであるかのように信じているものです。

本来の自分=自由です。

どんな考え方をしてもいい、どんな行動をしてもいい、どんな結果を得てもいい。

自由すぎることは問題じゃないかと思う人もいるかもしれませんが、自由に生きるということは、他人の自由も尊重するということです。他人の意見を無視しながら自分の意見だけ押し通すことは、本当の自由とは言えませんからね。

他人の自由も尊重しながら自由に生きることが、世界を変えていきます。世界を変えるためではなく、自分の生き方を皆がすることで、”結果として”世界が良い方向に変わるのだと思います。自由に生きることが自分のためにもなり、世界のためにもなる。

自由に生きられないのは、常識にガチガチに縛られているからです。常識とは時代によってコロコロと変わります。それぞれの時代において、人の自由を奪うために都合よく作られています。そういったものに力を奪われる必要はありません。常識は常識。常識=正しいではありません。同時に常識=間違いでもありません。ただ人間を縛るものです。

 

”性”に関する常識

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性に関する常識として、今世の中に浸透しているのは、

自慰行為(オナニー・マスターベーション)は無害である
精子を出し続けなければ、質が悪くなる
射精の頻度が減ると前立腺がんになる
女性は性行為によって綺麗になる
セックスは夫婦生活に不可欠である



性行為に良い効果はあっても、悪い効果は無いという情報ばかりです。
ただ、数年前から、”禁欲”や”オナ禁”という言葉がネット上に現れ、自慰行為などが全くの無害であるという常識が崩れてきています。

何でもそうですが、中毒状態や依存状態が良いわけないのです。それは好きなことを自由にやっているのではなく、”やらずにはいられない” 状態だからです。何も害はないという常識を信じ、好きなだけやって中毒状態になっている人も多いのです。今ではアダルトビデオは誰でも購入できますし、その内容は実際の性行為とはかけ離れています。

「常識だから」「他人もやっているから」という理由だけで自らの在り方・行動を決めていては、本質的な自由や楽しみは体験できません。 何が正しいのかではなく、自分にとって何が心地よいのか・何が楽しのかを考えるべきです。それも一瞬の快楽ではなく、人生全体を楽しくすることを考えるのです。本当は誰もが分かっていることなのに、世間の動向に惑わされすぎて自由を奪われているんです。

もっと自分で決めましょう。常識を疑いましょう。そして本質的な自由な人生を歩みましょう。

常識を疑い自由に生きる でした